2011年3月19日土曜日

頑張る若者のブログ


東日本大震災で
母親の安否が
確認出来ない
苦しい胸中をこらえて
(17日、無事がわかりました)
京都から、できることは 
気仙沼市の
地の利がある自分が
より正確な情報を集め
発信することが大事であると
頑張っている若者がいます。

そして、
彼を支えている多くの
若者・仲間がいます。

彼が
「遠隔地にいる
被災者の家族の皆さん、
今は休むことが
仕事ではないでしょうか」と
呼びかけています。

彼(Kちゃんの息子さん)の
ブログを 是非、
読んでいただきたいです。

http://d.hatena.ne.jp/issey-kumagai/20110317/1300380623

被災された多くの皆さんに
心より、お見舞い申し上げます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

I  believe  in  future

被災地の復興を 願っています。
信じています。

≪ビリーブ≫   Believe 
 (作詞・作曲 杉本竜一さん)

たとえば 君が傷ついて くじけそうに なったときは
必ずぼくが そばにいて ささえてあげるよ その肩を

世界中の希望をのせて   この地球は まわってる

今 未来の扉を開けるとき
悲しみや 苦しみが いつの日か 喜びに かわるだろう

I believe  in  future  信じてる

もしも だれかが 君のそばで
泣き出しそうになったときは
だまって 腕をとりながら
一緒に歩いてくれるよね

世界中のやさしさで この地球をつつみたい

今 素直な気持ちになれるなら
あこがれや いとしさが 大空にはじけて光るだろう

I  believe  in  future  信じてる 

今 未来の扉を開けるとき

I believe in future 信じてる



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2011年3月18日金曜日

遠隔地にいる被災者の家族に

東日本大震災後、気仙沼のKちゃんのことが心配でした。

大地震発生から(3月11日・14時46分)1週間・・・
17日に Kちゃんの無事が 確認できました。 

息子さんが 京都に住んでいることを 手掛かりに、 
ツイッターを通して 
ようやく、息子さんと繋がることができました。
(ツィッターやフェイスブックの使い方は、
秋田高専留学生たちから教えてもらっていました)

Kちゃんの息子さんと ツイッターで 
繋がり、喜びましたが
Kちゃんの安否は まだ、わからない状態でした。

友・Kちゃんの息子さんは
つらく 苦しい状況の中で
自分が、できることは 気仙沼市出身の
地の利を生かし より正確な情報を集め 
発信することであると 頑張っていました。

今日、彼が ブログに胸のうちを綴っていました。
「遠隔地にいる被災者の家族の皆さん、
今は休むことが仕事ではないでしょうか」
と 呼びかけています。


彼のブログから一部抜粋 紹介させていただきます。



この数日間、正直な話をすると、
僕自身もかなり切羽詰った状態にありました。
僕は昨年の九月、
父を癌で亡くしたばかりでしたから、
この半年の間で、
父に次いで母まで奪い取られるようなことがあれば、
「俺も死んで、神というものを呪い殺しに行こう」と
本気で考えておりました。

この数日間はまるで、
かりそめの命を与えられているような心持ちでした。
仕事の合間を縫い、
この作業にしがみついていたのも、
自分が糸の切れた凧のようになることを、
どこかで恐れていたからだと思います。

眠ることも、食べることもままならなかった僕は、
鬼気迫る顔をしていたのでしょう。
そうしたら、会社のバイトのスタッフの子たちが、
ひとりでに僕の部屋を掃除し
(僕は今、会社の事務所の一階に間借りしています)
お味噌汁まで作ってくれました。
お昼どき、僕に電話をかけてくれ
「外の天気がすごく良いから、
お弁当でも買って、鴨川に腰かけて食べましょう。
元気が出ますよ」と誘ってくれたりもしました
(全員男の子です。
彼らは皆、素晴らしい主夫になれると確信しました)。

震災日以来、
彼らの行動から
滲み出る親切さに、僕はどれだけ救われたことか。
その中でもとりわけ、
彼らがかけてくれたこの言葉に、
僕は最も救われたような気がします。

「熊谷さん、こういうときは、
休むのが仕事なんじゃないですか」

そういう考え方もあるのか、と僕は思いました。
あるいはこれは、
一般的な考え方なのかもしれません。
でも僕の場合、
言われるまでは絶対に思い浮かばないことでした。

現地に行きたくても、行く手段がないこと。
あるいは、もし行けたとしても、
交通渋滞の一因を招き、物資の到着を遅らせ、
現地の方に迷惑をかけるのではないか、という思い。
そして、
自分が何もできていないという無力感
――そんなジレンマに加え、
家族や親族の生死さえ分からないのに、
自分が京都で
全うな日常を
送れていることに、大きな罪悪感を抱いていました。

中 略

世の中には、バランスというものが存在します。
地震、そして津波という
圧倒的なマイナスのエネルギーが生じれば
それに対抗し得るプラスのエネルギーが、
僕たち人間の側に湧き起こるように。
だから こそ僕は、こう言いたい。

「遠隔地にいる被災者の家族の皆さん、
今は休むことが仕事ではないでしょうか」

中 略

引き受けた傷と痛みを、
プラスのエネルギーに変えましょう。
僕たちにはきっと、それができるはずです。
そして、一人ひとりが
最善と思う形で、行動に移していきましょう。
でもその前に
ちょっと、一休みするべきではないでしょうか。
何と言っても体が
資本であることは、
いつだって変わりませんからね。
そのことを気づかせてくれたスタッフのみんな、
情報更新作業の
お手伝いを申しでてくれた方々、
本当に感謝しています。
だから僕も皆さんに、こう言わせてください。

「『休むのが仕事』というときも、あると思います」


友・Kちゃんに会った時
「素敵な息子さん・若者だね!」と 伝えたいです!

☆ ☆ ☆ ☆ ☆